2010年7月29日木曜日

■作品「希望」



こざくらの丘の小径に「希望の小径」と名づけて、「希望」を彫っていましたら、なんと経済アナリスト藤原直哉さんの近刊の書を買い求めましたら、裏表紙にサインがあり、それに「希望」と書かれていました。

1、作品「希望」














材料は古い古い「秋田杉」・・・古材活用です。
普通の杉は彫るのが大変ですが、天然の秋田杉は彫りやすいのです。

節から「希望の光」が放っているようです!!


2、希望とは

「魔法の言霊」より)

希望とは、夢が具体的な形状をとりつつある状態。夢が存在としてのエネルギーなら、活動をはじめたプラズマ状態と考えると分かりやすい。夢の実現になすべきことを具体的に書き表すことで、実際に使えるエネルギーに変換できる。


3、藤原直哉さんのサイン

うれしいですね! 藤原直哉さんのサインです。しかも「希望」
なぜ「希望」がうれしいか? 「希望」がシンクロニテイしたからです。





























4、なぜ、希望のシンクロニテイなのか

私が今の時代には「希望」が必要と思って「希望の小径」をつくりました。
藤原直哉さんが新刊書「神の世直し! 大恐慌3年目!!」にサインしていただいたのが「希望」 これをシンクロニテイ(共時性)といいますね!!

大恐慌の大変な時代だからこそ、どんなときでも「希望」をもとうということでしょう。

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2010年7月22日木曜日

■カタログ あいだみつを



■こざくらの丘 ●務本塾 ●巡堂工房 ●呼吸法と坐禅 ●縄文文化 ●町内会

心に響く「あいだみつを」作品集です。


「ありがとう」
「美しういものを美しいと・・・・」
「しあわせはいつも 自分の心がきめる」
すばらしいですね!!
(クリックで拡大します)

2010年7月4日日曜日

■希望の小径(2)


こざくらの丘に夢と希望を探そ出せる「希望の小径」が登場しました。

希望の小径の看板その2です




























マップのBの左が「希望の小径(2)」です








■希望の小径(1)



こざくらの丘に夢と希望を探し出せる「希望の小径」が完成しました!!

希望の小径にカンバンをつけました




























マップのBの右下が「希望の小径(1)」です。

■作品:二宮尊徳翁の教え



二宮尊徳翁の教えを彫りました
1、音もなく香もなく・・・

「音もなく香もなく常に天地は書飾る経を 繰り返しつつ」






材種:ケヤキ

寸法:7×300×10

塗装:オイル仕上げ
















解説

毎日繰り返し繰り返し示されている大自然の教えの中に、「まこと」の道ははっきりしと生きているんだ。
こういう尊い大自然を省みないで、人の書いた書物の中に道を求めようとする学者たちの言うことを、ワシは取り上げる気はない。よくよく目を開いて、大自然の教えるところを注意いして見つけ出し、これを人生に十分活かすように心掛けることが大切なんだよ。(P4)
元来、この世でヨコに最も平らなものは水面で、縦に最も垂直なのは下げ針なんだ。このようにすべて永久不変のものがあるからこそ、地球の測量もできるわけで、これがなくては測量のしようがないんだ。

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2、古道に積もる木の葉を・・・

「古道に積もる木の葉をかきわけて天照らす神の 足跡を見ん」





























解説

「古道(ふるみち)」とは日本固有の大道をい。「積もる木の葉」とは儒仏をはじめ諸子百家の書物の多いことをいう。
日本固有の大道を見るには、木の葉のような書物をかき分けかき分け探さないといかんのだよ。お前たちが落ち積もった木の葉に目をうばわれるのは大きな間違いだ。木の葉をかき分け捨て去って大道を得ることに励むことだ。そうしないと真の大道は決して自分のものにはできないんだぞ。(P111)

2010年6月30日水曜日

■作品「晴れてよし曇りて・・」



山岡鉄舟の
「晴れてよし曇りてよしふじの山」






















書  :山岡鉄舟
材料:屋久杉
寸法:250×200×30


山岡鉄舟とは

の後、工夫をして、何度も試合に臨んだだが、山岡はことごとく敗れた。山岡は悩んだ。毎日稽古をして工夫をする。誰もいない道場に出て、座して眼を閉じ、心を集中して浅利のことを考える。すぐに浅利との対面場面が浮かぶ。浅利の姿は山のような感じで圧倒してくる。
山岡はとうてい打ちかかっていけなかった。自然現象、商人の話などあらゆることから剣の極意を学ぼうとした。
しかし、苦心しても工夫してもなお、秘訣を得られない山岡は、己の愚鈍(ぐどん)と熱意の不足が原因だと焦燥(しょうそう)した。山岡は適水禅師(てきすいぜんじ)に悩みを打ち明けた。適水は励ました。
「例えて言えば、現在のお前は眼がよいのに、眼鏡をかけてものをみているようなものだ。もし、その眼鏡を取り去ることが出来れば、望みどおりの極到に達することが出来る。お前は剣と禅に達しつつある。
いったん道のあるところを悟ることが出来れば、無敵の境地に入れよう。
肝心なことは無ということだ」
以来10年、山岡は工夫を重ね、禅と剣法の修行で次第に境地を高めていった。
晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿はかわざりしを」表面は晴れたり、曇ったりして変わる。
でも、壮麗な富士山の本質は変わらない。表面的な事象で、慌(あわ)て、心を乱している自分を自ら諌(いさ)めた歌である。それからまた、修行し、工夫を重ねた。
ある日、座禅を組んでいると、天地間に何物もないという心境になった。座ったまま浅利と試合をする姿勢をとったが、いつも必ず立ちはだかる浅利の幻影が見えなかった。
すぐに門人の籠手田安定(こてだやすさだ)を呼んで、木刀をもって立ち合った。山岡の木刀が少し動いただけで、籠手田は「先生、お許しを」と叫んだ。 今だかつてない先生の剣勢で、立っていられないと、言った。
浅利に試合を申し込むと、浅利は喜んで山岡のところに来た。浅利は木刀を構え、電光のような気合を発した。
が、山岡は微動だにしなかった。突然、浅利は木刀を捨て、言った。「ついにやりましたね。昔日の比ではありません。段違いの強さです。私もかないません。一刀流の秘伝を授けます」








2010年2月4日木曜日

■看板「御野場南町内会」


2010・2・4納品


1,700*270*30

クリ材

蒲鉾ぼり

文字:漆塗装

板 :外部用塗装














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